(6)

 三人は縛り上げた男を放置したまま、借りていたアパートメントを急いで後にした。机の上には、ウランの付着したハシシのサンプルが置きっぱなしだ。まもなくガイガーカウンターを頼りに、誰かが発見することだろう。

 マットはメロの足取りを探すために、ここで月やLと別れるという。例の放射能騒ぎで、マットは月から服を借りなくてはならなくなった。愛用のゴーグルも含め、身に付けていたものは全て捨てた。足りないものは買えばいい。太陽の光の中、シャワーを浴びたばかりの赤い髪が揺れ、きらきらと輝いた。旧市街の混沌とした町並みによく似合う。なかなかの美形だとふたりにからかわれるのが嫌で、マットは半歩先を歩いていた。年下はこれだから分が悪い。

「とりあえず駅に行ってみるよ。あいつが何の手がかりも残さず、アーメダバードを離れるとは思えないんだ」

 マットはそう言った。アーメダバードは二本の鉄道が通っており、STCバススタンドからも年中バスが出ている。いったいどこを目指すべきか。マットは溜息をついた。

「ああっ、こういう時どうしたらいいんだ!?」

「向こうから勝手に探してもらえばいいんじゃないんですか」

 Lの冷静な声音に、マットは本気で困惑した顔をした。Lは答えを簡単に与えたがらない。有能な人間は、平気で部下や弟子をえこひいきするものだ。ワイミーズハウス時代、安易に人に物を尋ねないニアとメロとマットの三人を、Lは遠慮なく露骨に贔屓したことを思い出す。だが今は非常事態だ。一刻も早く答えが欲しい。

 いつの間にか、三人はアーメダバード駅に到着していた。マットは多少苛立ちを見せながら振り向いた。

「L。それ、不可能だよ。監視カメラがあちこちあるニューヨークとはわけがちがう。監視カメラを通じて向こうからアプローチしてくるなんてこと、西インドじゃ無理だって」

「それなら、探し出してもらう手段を考えればいいじゃありませんか」

「そんなこと言ったって・・・」

 月がふたりの会話に口を挟んだ。

「駅長に聞いてみたらどうだ。正面から堂々と」

 流石に、このストレートな提案にはマットも動揺した。

「ええっ。マジで言ってんのか?金髪のチョコばかり食べてる目つきの悪い、いかにも怪しい男は来ませんでしたか、って聞くのかよ?」

 マットは目を丸くしたが、月は大真面目だ。

「ここじゃ禁酒法で酒が飲めない。博打もおおっぴらにはできない。彼らの趣味と言えば、神に祈ることと食うことと、それから近所の噂話だ。だから町中の人にすぐに広まって、なおかつ警察の耳には入りにくいような、ワイドショー顔負けのくだらない話をでっちあげればいい。そうすればきっと向こうから探してくれる」

「噂話ったって・・・肉親を捜してますとか、あまりにも恥ずかしいお涙頂戴話はごめんだぜ。こっちの方が笑っちまう」

「そんなくだらないプライドは・・・・・・捨てる!」

 月はそう言い捨てると、大股で駅長室まで歩いていった。

「おい。マジでやるの?」

 マットは慌てて月の後を追った。





 小さな駅長室では、駅長のバッチをつけた男がふんぞり返ってチャイを飲んでいた。月が部屋に入っていくと、駅長は訝しげに顔を上げた。

「突然申し訳ありません。人を探してるんですが・・・・」

 本当に真正面から尋ねている。マットは動揺を顔に出さぬように努力した。Lは相変わらず面白そうに見ている。月は巧みな描写力でメロの風貌や体格を駅長に伝えた。流暢なヒンドゥー語だった。

(ヒンドゥー語は読めないって言ってたけど、専門的なものだと時間がかかるってだけだったのか。すごくうまいじゃん・・・!)

 だがマットが感心する一方で、話しかけられた駅長はあまり真剣に考える素振りを見せず、面倒くさそうに返事をした。

「そう言われても。西洋人の旅行者なんていっぱいいるからねえ」

 その時だ。月は必死の形相で駅長の腕を掴んだ。駅長がぎょっとする。

「お願いします!!」

 月の琥珀色の瞳からは、涙が溢れだしていた。マットの目が丸くなる。駅長も月の様子に驚いていたが、やがて励ますように言った。

「あんた、大丈夫か?男が軽々しく泣くもんじゃない」

 だが、月は癇癪を起こした。

「この僕に、泣くなとおっしゃるんですか!?その金髪の馬鹿男、僕の婚約者と逃げたんです。必死に調べ上げた挙句、やっとここまで辿りついたんだ」

 マットは唖然とした。駅長もぽかんとして見ている。Lだけがへらりと笑っていた。月はハンカチで口元を押さえた。

「彼女、二股かけてたばかりか、僕の貯金を一銭残らず持ち逃げしたんだ。あんなに愛していたのに。この僕をコケにしやがって。彼女のためになら、僕は何だってしてやったんだ!それなのにあの馬鹿男のために全てが台無しだ」

 嗚咽しながら月は崩れ落ちた。駅長は思わず近寄り、震える肩に手をかけた。

「あんたの持ち物に手を出すなんて、そりゃあよくない。婚約した女は、主人になる男の持ち物だと決まってる。人の所有物を泥棒したそいつには、きっと災いがふりかかるよ。神様は全て見ていらっしゃるんだ」

「あいつら、見つけたらただじゃおかない。ふたりとも絶対に殺してやる。殺してやる。殺してやる」

「穏やかじゃないな。興奮しないで落ち着くんだ。あんたみたいないい男でも、ふられる時はふられるんだな。チャイでも飲むか?」

 駅長の口調には同情と、そして好奇心とが入り混じっていた。この死ぬほど退屈な田舎町に、格好の噂話のネタが飛び込んできたのだ。しかもふられて泣き崩れている男は、俳優も顔負けのとびきり美しい東洋人ときたものだ。天は二物を与えず。これを肴に、仲間たちと一週間は楽しく盛り上がれる。浮き浮きする気持ちを抑え、駅長は必死に「気の毒そうな」顔を作ろうとした。

 ふと、月は顔をあげた。その何もかも見通すような瞳に、駅長はどきりとした。いい男だ。こんな男を手玉に取るなんて、どんな女なのだろう。好奇心はますます膨らむばかりだった。

「何とかなりませんか」

 駅長は咳払いをした。

「まあ、聞いてみてもいい。俺が人を集めればすぐだ」

「これでお願いします。恥ずかしい話なので、警察にはぜひとも内密に」

 そう言うと、月は駅長に500ルピー札を握らせた。この大金に駅長は満面の笑みを浮かべた。こいつ、わかってるじゃないか。

「わかった。ちょっと待ってろ。あんたの男としての名誉を取り戻すために俺が力を貸してやる」

 男は駅の前に出ると、自転車で通りかかった人々や歩行者を大声で呼び止めた。インドはどこもかしこも人が多い。面白そうな話にはすぐに食いついてくる。あっという間に多くの人間が集まり、ある者は気の毒そうな顔をし、ある者は楽しそうな顔をしながら散り散りになった。この狭い町に噂を流すことなど簡単だ。退屈な心を刺激することは、人を動かす上で最も有効な手段だ。

 マットはこそこそと月に話しかけた。

「すげえ・・・迫真の演技ってやつ?女なんて簡単だって顔してるくせに。それとも体験談か?」

「馬鹿言うな。これでも僕はもてるんだよ、マット」

「自分で言ってりゃ世話ないよ。でもカリスマ性があるし、人を騙す仕事に向いてるぜ。政治家とか精神科医とか詐欺師とか。ちょっと尊敬しちゃったよ、ライト」

 マットは月を名前で呼んだ。初めてのことだった。


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