(4)

 部屋の前で足音が止まった。ドアノブが回り扉が軋みながら開く。

 その瞬間、何のためらいもなしに滑り込んできた男が、部屋に向けてライフルを構えた。

 だが部屋はしんと静まり返っていた。男はゆっくりとライフルを下ろした。カーテンの隙間から、太陽の強い光が差しこんでいる。男は訝しげに辺りを見回すと、手に持った機器を机の上に置き、他の部屋を物色しようと歩きだした。

 その時だ。

 マットが男の背中めがけてモップの柄を振り下ろした。その衝撃によろめいた男は背後を振り向くと、ライフルを持ち上げた。同時にマットの回し蹴りがライフルの銃身に当たり、そのまま銃器が吹っ飛んだ。パニックに陥った男は真正面から襲いかかろうとしたが、マットは両手でモップの柄を水平に持ち直し、男のみぞおち目がけて鋭く突いた。男は呻きながら倒れこむ。月は男をうつぶせにして床に押さえつけると、男のポケットをまさぐった。インド諜報機関である、RAW(調査分析局)の身分証が出てきた。

「お前、実は強いんだな」

 男が気絶しているのを確かめると、月は心底感心したように言った。

「ヤガミだって、警察官なんだろ」

「警察官っていっても、警察庁だからな。警察は警察でも、僕は逮捕しない方の警察だから」

「何それ!」

 マットが喚いた。ライフルを構えた相手と一戦交えたばかりで、今や身体も頭も興奮状態だ。月は机の上に手をのばすと、男が先程持ってきた機器を掴み、マットの身体に近づけた。すると何かをこすりあわせたような音がガーガーと響き、針がちぎれんばかりに振れる。

事の異常さに、マットは大声をあげた。

「うわあああ!!何だ、これ!?」

「大きな声あげるな。耳がキンキンするぞ」

「これって、ガイガーカウンターだよな!?俺、放射能まみれってこと!?」

「さっきも言っただろう。論文で使用すべきだと強調されていたのはウランだって。だから恐らく追跡捜査にも使われている」

 見えない敵の存在に、マットの頭は真っ白になった。

「ウラン?ウランって、ミサイルなんかに使われるヤツだろ?」

「だから脱げと言ったんだ。妙な勘違いするな」

 マットは慌ててシャツを脱ぎ捨て、ついでにジーパンも下ろして下着姿になった。例のプラスチックの小箱にふりかけられた放射能物質をガイガーカウンターで探知し、どこまでも追ってくる。道理で追尾を振り切れないはずだ。マットの頭の中には、ポロニウム210で死んだ元ロシア将校の事件がよぎった。放射能は人体のDNAそのものを破壊してしまう。見えない敵ほど恐ろしいものはない。手の施しようがないではないか。

「俺、どうなっちゃうの?髪が抜けるのか?」

 だが、月はしれっと言った。

「大丈夫だよ。ウランは無害だ」

「無害?ほんとかよ」

「ウランは崩壊の速度がものすごく遅いんだ。素手で触ったって平気だよ」

 月は気絶している男を椅子に座らせ、ロープで縛りあげにかかった。マットは先程からそわそわと落ち着かない。何しろ、ウランが付着したヤクとずっと一緒だったのだ。

「じゃあ、なんでガイガーカウンターがこんなに鳴るんだよ。おかしいじゃないか」

「そりゃあ、放射能物質だからね。少しくらいの放射線は出してる。微量だけど」

「やめてくれよ。だいたい、少しくらいって何だよ!?少しだけ女を妊娠させちゃったとか、少しだけ墜落しちゃったとか、それくらい不条理に聞こえるぞ!!」

 マットのエキサイティングぶりに、月は呆れた顔をした。

「落ち着け。僕にはその例えがわからない」

「俺にもわからねえよ!」

 その時戸口に人の気配がして、ふたりは振り向いた。Lが怪訝な顔をして立っていた。

「マット。月くん。どうしたんです?」

 Lが不審な顔をするのももっともだ。裸の男がふたりで、気絶したインド人の男を懸命に縛り上げているのだ。変態の乱交パーティーがこれから始まるのだと誤解されてもおかしくない。月は不敵な笑みを浮かべ、マットは耳まで真っ赤になった。とんでもない現場を押さえられたものだ。しかも相手はLだ。

「やあ。久し振り。・・・・Lも仲間に入る?」


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