(2)


三年前のあの日、木陰に佇むメロは長い時間私を見ていたの。
小さな子供たちと遊びながらも、その意図的に動揺させるような気配をずっと感じてた。
自分の胸の高鳴りに、気づかないフリをし続けて。
でも彼は微動だにしなかったのに、私ったらとうとう誘惑に負けて自分から目を合わせてしまった。
その瞬間メロは悪戯っぽく嗤い唇に人差し指をあて…今度は無邪気な笑顔で駆け寄ってきた。

『ねぇシスター。僕の課題に力を貸してくれないか?』

課題は美術の絵。もちろんハウスのプログラムだから、情操教育だけが目的ではないでしょう。
対象の観察、着眼点、エトセトラ。

いつもニアに勝ちたくて孤独に努力しているメロに…依怙贔屓でいいから協力してあげたいな、と思った。

「誰にも見られずに描きたい」からと、馬小屋の離れで何日もモデルをして過ごした。
彼は描きたい私を見つけるまで、辛抱強く何度も何度も線を重ねてゆく。
私は日々瞬間を捉えられ、キャンバスの中に映し捕られる。

彼のデスクにある蝶の標本のように。

メロが課題の提出期限を守らなかったのは初めての事だった。
それでも美術教官と私から報告を受けたワイミー博士は、モニターの向こうで微笑み頷いただけで。
モデルをする最後の日、彼は最初に頼んだ時と同じ顔で訴えるように言った。

『シスター。仕上げるから今日は僕の部屋で。ここじゃ温度が足りないんだ。』

『メロ…私があなたと一緒に部屋に居られない規則だって知ってるでしょう?』

クッと彼は笑った。

『ああ。だが許可は博士に絵を見せてとってあるんだ。』

そう言うと真剣な眼差しで「シスターの教義は解っているが、僕は完璧に仕上げたい。」と静かに告げた。

『あとはイエスかノーかだけ。どうする?シスター。』

なぜ私が規律に反するのにイエスと頷いたのか?
正直に言うと…いつも掃除してるあの部屋に彼が居るのを感じたかっただけ。
私だって私の中の〈絵〉を完成させたかったのだ、と今なら分かる。

…メロの部屋に彼が居る。ああ、あんな所に釘があってあのランタンを掛けてたんだわ。
まあ!やけにキレイだと思ったら引き出しに色々隠してたのね。
もう!椅子にそんな風に座ったら危な…

『シスター!気を散らさないで僕を見て。』

ハッとしてぎこちなく彼に微笑むと、不意に空気が動かなくなってしまった。
時計の音、絵筆を濯ぐ水音、揺れるメロの影、ヒータの暖かな運転音がしているのに。
私が腰掛けたベッドから少年特有の匂いが立ちのぼってきて、枕元に落ちていたメロの金髪が目に入る。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚からの情報がなだれ込んできて、私の頭はだんだんぼうっと働かなくなってきた。

ほどなくメロの短い溜息が聞こえて…彼に触れたい、という衝動を初めて自覚する。


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